熊の岩よりの八ツ峰 6峰
期日 2017/08/13~15
山域 北アルプス 劔岳 八ツ峰 6峰 Cフェースより八ツ峰上部縦走
メンバー kazu , サトちゃん , rie
毎日、毎日、飽きもせず暑い。
暑さにうんざりしながも一応は一家の大黒柱なのでとりあえず仕事には行く。
そんな日々の中で唯一の心の拠り所は、お盆休みの山行だ。
そろそろ、行き先とメンバーを考えなければと思っていた矢先、珍しくrieからの連絡があった。
『夏休みに劔行かない?』とのことだった。
私は『行かない?』ではなく、『連れってって』の間違いではないかと確認しようかとも考えたのだが大人なのでそっとしておく事にした。
それはさておき、劔は魅力的だ。
ここで、少し私の事を書いておくがここの部分はさらっと読み流してもらって構わない。
私自身が山を初めるきっかけになったのはこの劔岳なのだ。
初めて劔に登ったのは17歳、高校生の時だ。
その後少しづつ山を知り28歳で結婚するまでは穂高を中心に山に通った。
結婚し子供が生まれ日々の生活に追われ徐々に私は山を忘れていった。
子育ても落ち着き生活にも少し余裕が出てきた頃、何故だかは分からないが、ふと忘れていた自分を、そして山を思い出す事ができた。その後少しづつ山に登り、八ヶ岳、穂高のよく知るルートをトレースし本格的に山にカムバックしたのは今から5年前だ。
実際に劔岳に行く事になれば17歳の時以来、実に29年ぶりになる。
いろんな意味でため息がこぼれた。
劔岳。
失礼な書き方になるが、今更一般道では少し物足りない。
ではどうするか?八ツ峰? この響きには胸が高まる。
rieと2人ではちと厳しいかも?
なので、今回も恐らくは暇であろうサトちゃんに連絡をする。が、なんと驚く事に予定ありとの事だった。私の勝手な山行計画は出鼻をくじかれる事態になってしまった。
私自身行った事のない場所なだけにrieが行けるかどうかの判断をする事が難しかった。
我々が2年ほど在籍していた山岳会の元会長やDaiにrieでも行く事が可能かを相談し『大丈夫だろう』との事だったので、この夏休みの山行を劔、八ツ峰に決定した。
計画書を作成し準備を進め、そろそろ当日の天候が気になりだした頃、サトちゃんから『一緒に行ってもいいっすか?』との連絡があった。
器の大きな私は何にも触れる事なく『もちろん』とだけ返事をした。
きっと彼はその夜、少しだけ枕を濡らしながら眠りについたことだろう。
13日 AM4:30
立山駅に向かうとすでにチケット売り場にはすでに行列ができていた。
始発には乗れなかったがすぐ直後の臨時便に乗る事ができ、ほぼ予定通り室堂に到着することができた。
列に並んでいると、御在所の藤内小屋でお世話になっているK林さんの娘さんと出会った。
このような場所で偶然知り合いに会うということは、なんだか嬉しいものである。
AM 7:40 室堂着
バスターミナルから外に出てみると美しい景色と清々しい空気が私を迎えてくれた。
冒頭でも触れたが実に29年ぶりの再会になった。
AM 8:30 出発
本日は熊の岩までの行程だ。
劔沢をベースに翌日軽量化して一気に回ってこようかとも考えたのだが、我々は自称ではあるがアルパインクライマーだ。
私のアルパインの定義の一つは衣食住の全てを担ぎ岩と雪に挑むことを重要としている。
なので今回もrieには更に厳しくはなるが装備一式担いで挑戦してもらうことにした。
成功できればrie自身、大きな自信につながるはずだ。
先ずは劔沢BCを目指し遊歩道を進む。日差しがとても強く暑い。
雷鳥沢に着く頃にはすっかり汗まみれになっていた。
雷鳥沢のキャンプ場も多くのテントで賑わっていた。
雷鳥沢を越えると、いよいよ雰囲気がでてくる。そこから劔御前小屋までは1時間半ほどだ。
今回は前回の明神とは違い水場があるため大量の水を担ぐ必要がなく荷物はずいぶん軽くすることができた。そのおかげなのか?29年ぶりに味わう劔の雰囲気のせいなのか?おじさんの身体は絶好調だった。絶好調おじさんについて行くには最近サボり気味のrieでは少々体力不足のようだった。
劔御前小屋に到着。小腹がすいてきたので小休止し行動食を補給し劔沢を目指した。
劔沢BC
山仲間のJ子さんが劔沢に前日から入っているとの情報をもらい、おおよそのテントの位置も聞いていたのだが、なかなか探し出すことができなかった。
見つからないので煙草に火をつけ一服しているとサトちゃんが見つけてきた。
『よく見つけたね。』私の言葉に帰ってきたサトちゃんの言葉は『探す気ないでしょ?』だった。サトちゃん。そんなことは無い。私なりに真剣に探したんだよ。
劔沢小屋で、本日のプチ宴会の為のビールと缶酎ハイを購入し先に進んだ。
余談だが、急にサトちゃんが小屋番の若い女の子に自分と私のどちらの人相が悪いか?と失礼な質問を問いかけた。彼女は一瞬『え?』という顔をしたが彼女の目線は確実に私を指していた。そのことを私が彼女に告げると『そんなことはありません。けど、、。』辺りは大爆笑だった。しかしそれは私の人相のせいではなく、きっとサングラスをかけていたからだろうと今でも私は信じている。
日本三大雪渓の一つである劔沢雪渓に入る。
雪渓の雪は予想以上に良く歩きやすかったが安全に歩行する為にアイゼンは装着した。
劔沢雪渓
源次郎尾根を左に見ながらしばらく下れば長次郎の出合だ。
出合より少し入ったところの落石などのリスクの少なそうな露岩上で小休止をとった。
長次郎谷から吹き降ろす風で体はすぐに冷え、さっきまでの暑さが恋しくなるほどに感じた。ここから熊の岩まで本日最後の登りだ。全員で気合を入れ直し熊の岩を目指した。
劔沢で得た情報では長次郎谷は熊の岩上部の右叉、左叉共にクラックが大きくなってきていて危険。との情報はあったが熊の岩下部については特に問題無いような情報だった。
長次郎谷に入るとガスは濃さを増し視界は悪くなっていった。
一瞬、ドキッとする。
目の前に、ファンキーなアフロ野郎が雪に埋まっていた。
私はアフロ野郎に心の中で別れを告げ、黙って熊の岩を目指した。
ところどころで小さなクラックや雪渓の薄くなったところはあるものの概ね状態は良かった。
小一時間も歩くと熊の岩が見えてきた。右側には明日登攀する予定の6峰もなかなかの迫力。私はその迫力に威圧感を感じた。
PM 2:30
熊の岩到着
すれ違う人から聞いてはいたのだが、熊の岩のビバークポイントは結構な混雑ぶりだ。
どこにツェルトを張ろうかとウロウロしていると、先にテントを張っている方たちから『隣どうぞ』っと優しい声をかけていただいたのでありがたくその場所を使わせていただくことにした。
熊の岩から見る6峰フェース群
6峰に目をやれば、多くのクライマーたちが取り付いていた。
もちろん明日、私が登攀するCフェース剣稜会ルートにもだ。おかげでなんとなくではあるがルートの確認をすることができた。
Cフェース
ツェルトを張り少し早めの夕食をとり細やかな宴をしていると次第に辺りは闇に包まれていった。
そして、本日の行動予定を終了とした。
夜中にツェルトを叩く雨音で目をさました。予報では明日は概ね晴れのはずだったが、不安な気持ちになりながらも私はもう一度目を閉じた。
14日 AM3:00
起床。
雨音は聞こえ無い。
すぐにツェルトから顔を出す。月明かりで辺りは明るく雲もまばらにある程度だった。
あまり食欲はなかったが今日1日の行動を考えると無理にでも食べておいたほうが良い。
お湯を沸かしコーヒーを飲みながらパンを頬張る。
AM 4:30
ツェルトをたたみ、ハーネス、ガチャを付け出発。朝一なので雪渓の横断だけではあるがアイゼンは装着した。
AM 5:00
6峰Cフェース 1ピッチ取り付きスタート。
本日1番乗りで取り付くことができた。
全体的に通して登攀自体は容易なので快適で気持ちが良い。
各ピッチともにランニング用の支点は多く終了点が少しわかりにくい印象だった。
2ピッチ目もステンレスの新しいボルトがあったのだが気がつかず、その手前にある古いハーケンの終了点でピッチを切ってしまった。
私のリードに続き、rie,サトちゃんの順に登攀した。
rieにとってはこれだけの荷物を担いでの登攀は初めてのことだったので少し心配していたのだが然程問題はなかった。ただ、セカンドなので、もう少しスピードは欲しいところだ。
2ピッチ目の終了点につき、長次郎谷を眼下に見れば何パーティかがすでに取り付いてきていた。
2ピッチ目終了点より
今回は3人での登攀。システム的につるべで登攀することができないので全ピッチ私がリードをさせてもらった。サトちゃんもきっとリードしたかったと思うが私に気を使ってくれリードを譲ってくれたのだろう。ありがとうサトちゃん。
特に問題もなく快適なクライミングが続く。
二人とも良い顔をしている。
4ピッチ目 お約束の写真
いよいよ登攀も佳境になってきた。
最終ピッチ
全員無事登攀終了。
しかし八ツ峰は、ここからが本番。
7峰、8峰、頭、北方稜線に合流して劔の本峰を目指す。
少し休憩したいところだが後続のパーティーが控えているため足早に7峰に向かった。
6峰から後ろを振り返って
7峰手前で5.6のコルから来ていたパーティーに追いついた。
関西弁を使う7〜8人のパーティーだった。
感じの良い人達で話が弾んだ。ただもう少し、ほんの少しだけ懸垂練習してから来て貰いたかった。懸垂が後少しだけ上手くなってからお会いしたかった。
そのパーティーの懸垂待ちでかなりの時間をロストした。
そんな時だった。
岩の崩れる音とともに金属音が響き。『ラーク、ラーク』と怒鳴り声が聞こえてきた。
かなり激しい音だった。
私は落石の音に混じり聞こえた金属音が気になった。
まさか事故?残念なことに私の予感は的中し大学生のクライマーが1人滑落した。
先に書いておくが、その大学生は幸いにも命に関わるほどの怪我には至らなかった。しかしながら腰の骨を折るという重傷を負った。
事故については詳しくは書かないが、その大学山岳部のリーダーらしき男性はとても冷静に事故に対応し的確な判断で同部員らしき若者たちに指示を出していた。
もし私が同じ状況になった時あのように落ち着いて行動ができるだろうかと?と考えさせられた。
そんなことを考えているとヘリのローター音が聞こえてきた。
本当に不謹慎だがガスの中から颯爽と現れるヘリは感動的に格好良いものだった。
ヘリは我々のいる岩峰のギリギリまで寄ってあっという間に負傷者をピックアップして帰っていった。正にプロの仕事だ。
ヘリが帰っていくと辺りは静けさを取り戻し、我々も前に進んだ。
8峰からの下降のタイミングで前のパーティーに先を譲ってもらい私のストレスは解消された。
8峰からはクライムダウンした。
少し回り込んで頭の前に出ると、どこか見覚えのある、おば様が。
J子さんだった。ひょっとしたら会えるかも?程度しか思っていなかったがまさか北方稜線に合流したタイミングで会えるとはJ子さんも言っていたが何か運命的なものを感じてしまう。
J子さんをエスコートしていた男性はT君。ハセツネカップにも出場経験があるとてもタフガイな奴だ。
そのリックドムのようなふくらはぎを見ただけで彼の強さが伝わってきた。
流石、J子さんパートナーのセレクトにも余念がない。
サトちゃんがJ子さんが遊んでくれないとぼやいていたがそんな彼と比べれば当然サトちゃんでは役不足感は否めなかった。
とは言うもののJ子さんもなかなかのお年頃。北方稜線とは頭が下がる。
池の平小屋の小屋番さんや警備隊の若い方にかなり心配されていたらしい。
私は思った。『お前らが生まれる前から山やってんだよ!』って言ってやればよかったのにって。しかし奥ゆかしいJ子さんはありがとうございますと伝えたそうだ。
その後は皆んなで一緒に稜線歩きを楽しんだ。
そしてついに、13時30分。私にとって実に29年ぶりの剱岳山頂に辿り着いたのだった。
剱岳山頂にて
登頂の成功をお互いに讃えあい。しばらくの時間を気の向くままに山頂を楽しんだ。
ここから劔沢まで約3時間。
そんなにはゆっくりもしていられないので名残惜しいが山頂を後にし下山についた。
お疲れなrieを最後まで面倒見てくれていたのはサトちゃんだった。
本当ならば私が見なければならないのだが、サトちゃん、rieを押し付けてしまいすまなかった。
PM5:00
劔沢BC到着。
J子さんたちと合流しプチ宴会。
残念なことに私は少々お疲れでいつもより酔いの回りが早く一番乗りで撃沈してしまった。
15日
AM5:00
なんとなく起床。
その後しばらくゴロゴロする。
朝食のうどんをrieが作ってくれたので食べた。
のんびり撤収の準備をして7時過ぎに劔沢を後にした。
室堂に到着しバスに乗り立山駅に到着したのは正午少し前だった。
総評
今回の山行もとても素晴らしいものだった。
たいしたトラブルもなく、山行自体ほぼ計画通りに遂行できた。
どうやら29年ぶりの剱岳は私を歓迎してくれたようだ。
サトちゃんもアルパインクライマーとして一歩成長したのではないだろうか?rieも。
私自身も本当に良い経験をさせてもらった。
おじさんクライマーな私でもまだまだこの先の可能性を感じることのできた山行だった。
さて、次は去年悪天で持ち越しになった屏風か。
剱頂のみんなの写真はイイね!
返信削除剣沢雪渓の写真もかっこいい!
ともあれ、幸いにも天候に恵まれ何より。
次は屏風だよ(笑)
屏風!
削除ワクワクしますね。
よろしくお願いします。